もう少し博士としての客観的な考察が欲しかった

高学歴ワーキングプアの著者である水月昭道さんの著です。大きく3部構成になっています。

第一部は高学歴な博士たちの現状を綴った部で、生活という点において夢も希望も無い高学歴の人々が描かれています。

第二部は筆者の少し前の境遇から始まって、仏道的な独白になっています。ここでは高学歴ワーキングプアを縁と思って受け入れ学問をせよというようなメッセージに聞こえました。道が筆者のキーワードになっているようで文章内に散見されました。

第三部は対談で鈴木謙介氏が登場します。全体的な書籍のバランスを考えるために入れたように感じました。

現実問題として多くの大学院卒、修士や博士が路頭に迷っています。そして奨学金などの借金を背負っています。身につけた研究というスキルでは生活できず、それを社会に役に立てる場が少ない状況です。

一方一般的に社会で働いている人に取っては、体験したことのない博士の世界は、自分の好きなことだけをやっているというイメージがあり、自業自得というイメージを持っているようです。

水月氏のいうように政策的な構造の歪みはあったかと思いますし、本当に優秀でもなかなか就職できない現実がありますが、博士も自分の好きなことをやっているのだしという思いも少しはあるようで、なかなか大きなうねりにはなっていないようです。

本質的な話として憲法まで戻ってみると
第23条 学問の自由は、これを保障する。
第25条 すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。

というところが侵されているのが現在であろうと思います。博士の多くは将来の任期等で研究に打ち込めない状況がつづいています。彼らは贅沢をしたいわけではなく、本当に生活に困っています。彼らは最低限度の生活が続けられれば研究に幸せを見つけつつましく生きていくと思います。

現在の状況は経営的な合理性の元に起こっていると考えると分かりやすいと思います。

1.教授等会社で言うと正社員の人々
一般の企業と同じで終身雇用、年功序列であるため定年まで雇用されポストが開かないと人員が補給されません。学生減少のなかポストは減る方向にあり増える方向にないと思います。従って経営者は人件費を上昇圧力の強い固定費と捉えることになると思います。

2.全体の収入の減少
入試及び学費が主な収入であるとするとこれは減少傾向にあると考えられますので、授業というサービスを維持するために増やさなければならないのが、安い人件費である非常勤の講師ということになります。(企業で言うところの派遣社員)

3.任期制に関して
現在の終身雇用の人々の人件費を抑制することが経営的な課題になります。終身雇用の人々はだんだん年を取って高齢化していきますので、任期制の職員を入れて平均年齢を維持し、総人件費を一定にする必要が出てきます。(企業で言うところの契約社員に近いところ)

つまり現在の博士が生活できないという問題は、博士の職場が大学であると仮定すると、総人件費の問題であり、対策は下記のいずれかになります。

1)収入を増やす
企業であればこの方向を目指すことになりますが、大学での特許や大学発ベンチャーなどを見ているとなかなか難しいようです。人口が減少している今、学生は増えないのはもちろんです。そういった意味だと出口戦略はありませんでしたが、学生を増やすという意味では大学院生を増やす政策は合理的であったと言えます。

2)雇用の流動化して支出を減らす
研究もしない、学会発表もしない、授業は毎年同じ。そんな教員が大学には溢れています。教わる学生はご愁傷さまとしか言いようがありませんが、そういったフリーライダーな教員には辞めてもらうか給料を低くしたいと思うのが経営陣の気持ちだと思いますが、こういう人に限って声が大きいようで、全体的に人件費をシェアする方向には動かないと思います。

3)見える化を行ない顧客からの圧力を待つ
直接的な案ではないのですが、見える化を行ない状況を共有することも重要だと思います。
思考実験をしてみます。非常勤が教えたときに、1コマ月3万円とすると週に4回授業があったとして、1回あたりの金額は7500円となります。時給5000円くらいです。時給にすると高いですが、月収3万と思うと安いです。さて、1回の授業が7500円とすると学生が50人いたとして、一人が一回の授業で払う金額は150円。あなたがうけた授業の価格は150円でしたと言われたときに高いか安いか?
この授業が年で26回とすると、150×26回=3900円となります。
大学を卒業するのに必要な単位は124単位ですので、簡単のためにここでは1授業全て4単位と仮定すると、31授業を4年間で受ける必要となります。
1授業3900円/年、31授業ですので、120,900円があなたが非常勤講師に払う金額となります。念のために4年間で12万円(1年3万円)です。
学費が私立で80万くらいとすれば、4年間で320万円です。そのうちの12万ですので、僅か約4%が授業の値段となります。
もちろん全ての授業を非常勤でやった場合で、学生が50人という前提条件は入りますが、残りの金額は何処に消えたのかということになりそうです。

少なくとも学生は4年後の就職というものもあるでしょうが、質の高い授業を受けそれを学んだ証である単位を取得するために大学に通っているのではないのでしょうか。そんなに安い値段90分150円で世界レベルの授業は受けられるのでしょうか。漫画喫茶でも1時間300円程度、スターバックスのコーヒーが290円。知の価格はそんなに安いものなのでしょうか。

まずは大学からアカデミアのプライドにかけて率先して同一労働同一賃金を実施し、学生に世界に通用する最高の授業を実施してみてはいかがでしょうか。

試験的に大学の教員にはベーシックインカムを適用し全ての授業の実施費用を免除するのも面白いかもしれません。

また、学問や研究を行うのに、大学である必要はありません。沈みゆく日本の大学であがくよりもブルーオーシャン戦略で新しい学問、研究の場を創りだしたほうがいいかもしれません。インターネットがある今、それはすぐそこにあるように思います。そういったイノベーションの萌芽が破壊的なイノベーションとなり、既得権に守られた世界を崩していくのかも知れません。

ついついこの話題は長文になってしまいます。それほど色々と心のなかに残っているのかもしれません。