幸せを考えるために

少し、身も心も落ち着いたので、周りに最近急かされる、結婚を考えてみた。特に思いつくこともないので、老舗の婚活サイトに登録して写真屋さんに写真を撮ってもらったりした。

老舗の婚活サイトはシステムがかなり古くて使い勝手が悪かったが、たくさんの人がネットで婚活していることに驚きを感じた。

そんな中、婚活詐欺の事件が起きた。象徴的な事件であった。男にとって婚活は命がけなのかと思った。

そもそもなぜ結婚しなければならないのか。結婚するために女性を捜すことに抵抗がある。

何より抵抗があるのは婚活サイトの写真とプロフィール。年収や出身大学、こういったもので判断する。インターネット時代検索は得意であろう。いろいろな条件で検索できる。検索項目をスペックと呼ぶらしい。この人はスペックがいいなど。

みな、パソコンや車を買うように結婚をするのであろうか。結婚は買い物なのか。年収も社会的な地位もまぁあると思うが、このスペックで選ばれるのも選ぶのも嫌だと思った。

結婚が買い物だとすると、経済的合理性で判断するようになる。そうすると結婚や子づくりはコスト要因であり、車や家と同じように高い買い物であるといえる。

現在は制度的に女性が強くなってしまったと思う。意識的な男尊女卑の気持ちが残っているためか、制度的な女尊男卑的な部分が多く、男性が動きづらくなっているのではないか。

痴漢、セクハラ、ストーカー、もちろんこれらは犯罪に近い、犯罪そのもののモノもあるであろう。しかし万が一にもそう勘違いされないため、電車では両手を上げ、職場では仕事の話しかせず、ひたすら女性のいないところにこもるのであろう。

少なくとも男性は相手がいるからリスクやコスト感を無視して結婚するのであると思う。

今年は原宿表参道のイルミネーションが復活する。婚活婚活と商業主義的な流れに乗るのではなく、まずは恋愛をしてみるのがいいのではないだろうか。

俺には婚活している女性は魅力的には見えないが、恋愛している女性は魅力的に見える。そういったものの先に結婚があるのかもしれない。